タンポポだより
>>タンポポだより >>  「・・・映画『マルサの女』・モデルの事・・・」
 


映画『マルサの女』は、私が厄年の42歳の時ですから、もう〜〜25年以上前のことになります。

先日もある新聞にとり上げて頂き、とっても嬉しかったのです。が、モデルは「この人」と掲載されてしまいました。勘違いなさったのだと思います。

いやぁ〜〜この際、正しくキチンと書きましょう〜〜と、モデルになってしまった斉藤和子さんと話し合いました。

映画の公開当初も、随分誤解されましたが、伊丹さんも生きていましたから、あまり問題はおこりませんでした。

しかし、伊丹さん亡くなって時々、映画がテレビで放映されますと、又、モデルの話がなんとなく持ち上がるのです。

斉藤和子さんはそのたびに、
「あっ、また〜〜ちがいます〜〜!」
「私はモデルでもイメージキャラクターでもない!」
「監督に申し訳ない……」
そんな気持ちになって胸が痛くなると仰る。

私は私で〜〜あぁ〜斉藤さんに申し訳ない〜〜!
「それは違うネ」と、伊丹さんが言っているようです。
何とかしないと、アチラの世界に行ったら、私、叱られちゃう〜〜(笑)

そんな訳で、この際、正しくキチンとしましょ!〜〜〜(笑)

斉藤さんと私はある昼下がり……。ホテルのお庭を見ながらハーブティーを飲み、話をしたのです。

以下、話をまとめてみました。(斉藤さんにはチェック済み)

斉藤さんは査察には在籍していません。
斉藤さんが 伊丹監督と逢ったのは、浅草税務署(源泉部門)で調査をしていた頃で、我々夫婦と細越プロデューサー、そして北島孝康さん(査察統括官課長)の四人。時間は1時間程度1回のみ。

私はその時お逢いした御縁で個人的に斉藤さんに教えていただきたいと頼みました。台本に書かれてある税務の仕事です。
伝票のめくり方、内観調査、外観調査、銀行コムの見方等。約1週間のうち午後の2〜3時間程度。時間を割いて頂きました。仕事を指導していただき、大いに役立ちまして、今でもとても感謝しております。

つまり、…私が斉藤さんに教えて頂いた事が、何か〜〜いつしかモデルとなって、すり替わったのかも知れない〜〜と思うのです〜〜(笑)

斉藤さんにお逢いする前に、すでに伊丹監督の頭の中には板倉亮子のキャラクターのチビ、ブス、ソバカス、おかっぱ髪、寝癖は出来上がっておりました。

これで以上です〜〜〜(笑)

これからも『マルサの女』をよろしくお願い致します!

あぁ〜〜スッキリ!もう大丈夫!

「やっと、終わったのネ」 フフフ…と二人でニッコリしました〜〜〜(笑)
   
 

 


 懐かしい板倉亮子です〜

 

 

 

 






 

 

                                                       感謝

                                                      宮本信子

 

   
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